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[インタビュー]精神科医療のリスク・マネジメント〜法律的見地からのアプローチ

外山法律事務所所長 外山弘先生(弁護士・弁理士)
(聞き手:医療ジャーナリスト:冨井 淑夫)

精神科医療の抱える最大のリスクは「自殺」
更に「他害」、「無断離院」が重要な危険因子
結果回避には「診療契約」への十分な理解を!

 1990年代の後半に起こった某大学病院での患者取り違え事件以降、マス・メディアにおける医療事故・過誤等の報道は増加の一途をたどっており、今や医療問題は「国民注視の的」と言っても過言ではない時代になってきた。医療事故・過誤が大きな医事紛争に発展し、一旦報道されると、医師や医療機関は社会的信用の失墜等、医療側の実質的被害は経済的損失のみに留まらない。そうした事態を回避するためにも、医療提供者側は常日頃から、「診療契約」というものを十分に理解しておく必要がある。医療法務の専門家である外山弘先生に、精神科固有のリスクである「自殺」や「他害」、「無断離院」等に対しての危機管理を中心に、お話を聞いた。

「具体的危険」に至った場合に発生する「結果回避義務」とは?

 ─医療事故に対する危機管理は、いかなる医療機関にも共通の課題だとは思いますが、今回は精神科の医療機関に絞り、法律的な見地から外山先生にお話しを伺えたらと思います。精神科は医療法のみならず、精神保健福祉法や医療観察法等、多くの法令や規則によって包囲されている領域でもあり、精神科特有の難しさがあるのではと感じています。

 リスク・マネジメントの要諦は、「想定される様々なリスクを洗い出し、それらリスクに優先順位を付けて、対処方法を考えていこうとする」ことです。リスクの優先順位として、私は弁護士の立場から、裁判所への提訴で敗訴や損害賠償を被り易いものを、リスクの優先度が高いものとしてお話し致します。対処方法としてまずは、裁判所の判断の枠組みを理解して頂くことが、最大の危機管理につながると考えます。
 精神科系医療機関で最大のリスクは患者の「自殺」です。次に精神科の患者の中には身体的には健常な方も多いと考えられますので、他の人に傷害、或いは最悪の事態としては殺人に至らしめる「他害」も想定されるリスクです。更に精神科特有のリスクとして、患者が病院の外に出て行って行方不明になる「無断離院」が挙げられます。この場合には離院中に「他害」へと発展するリスクも抱えているのです。精神病院は近年、病棟開放化が進んできたこともあり、監視の不行き届きによる「無断離院」のリスクは増しています。「無断離院」で「他害」を引き起こすと、医療機関は敗訴するだけでなく、周辺地域の住民から批判され、地域社会で理解を得ることが難しくなってしまいます。

 ─リスクのレベルに関して、具体的にお話し頂けますか? 

 イメージだけで“何となく危険”と言うのは、「抽象的危険」と呼びます。裁判での敗訴や損害賠償が発生するのは、「抽象的危険」ではなく、実際に「自殺」や「他害」等の「具体的危険」が生じた場合です。
 例えるならば、①近くに「危険な池」が存在するとしましょう。管理されておらず、柵もない池ですが、何もなければ「抽象的危険」止まりで、訴訟や損害賠償は発生しません。
 ただ②人が溺れる事故が発生すると、「具体的危険」性が少し高まるのです。しかし“溺れる”だけでなく③溺れて亡くなる事故が起こると、「具体的危険」が大きくクローズアップされます。加えて池の近くにC学校が建設されると、周辺に子ども達が行き来することから、更に溺れるリスクが増します。③④の段階で何も手を打たないと、裁判所への提訴や敗訴、損害賠償のリスクが生じます。「自殺」、「他害」、「無断離院」の何れも「抽象的危険」の段階では問題ありませんが、「具体的危険」に至った時に、「結果回避義務」、要するに「結果が生じそうな危険を回避する義務」が発生することをご理解頂けたらと思います。

82(12.09.21)