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認知症クリニカルパスの基本的な考え方と
情報共有ノートを用いた地域連携システムの運用経験

大阪大学大学院・医学系研究科・精神医学
数井裕光、武田雅俊

はじめに

 近年、一般市民に対する認知症の啓発が進み、早期診断と早期からの治療的介入がなされるようになってきた。これにより認知症であっても、よい状態を長く維持できるようになり、認知症患者が長期的に在宅生活を送ることも稀ではなくなってきた。今後我が国では、認知症患者の増加が見込まれているため、認知症患者の在宅療養生活を支援する医療、介護の仕組みが今以上に必要となる。この仕組みの一つとして地域連携パスの利用が提案され、実際に使用されつつある。しかし、認知症患者の在宅生活支援におけるパスの使用に際しては、検討すべき点も多い。本稿では、これまでに筆者らが行ってきた認知症診療におけるクリニカルパス使用の経験を紹介しつつ、認知症患者の在宅生活支援におけるパスの有用性と留意すべき点について筆者の考えを述べる。

(1)クリニカルパスとは

 クリニカルパスとは、特定の治療や検査の標準的な手順を時系列順にまとめたものである。通常は最も左の列に医師や看護師などの担当者を記入し、最も上の行に左から右に向かって時間軸をとり、目的の医療行為を円滑に達成するために、誰がいつどんな手順を踏むのかを2次元的に配置したパス表であらわされる。病院内では内視鏡検査や白内障手術など頻度が多く、かつ手順が決まっている医療行為に使用され、これにより手順ごとの指示出しや医療者間の連絡手配などの細かい業務を繰り返しおこなわなくてもよくなる。このクリニカルパスを利用しやすい医療行為の条件は表1のようにまとめられる。

表1:クリニカルパスを利用しやすい医療行為の条件
 1. 標準的な決まった手順が確立されている。
 2. 比較的短期間で終わる。
 3. 関わる人が比較的少ない。
 4. 関わる人がその医療行為に必要な知識を有している。

(2)認知症診療におけるクリニカルパス

 認知症診療においてもクリニカルパスは有用であるが、その第一の効果は、認知症の標準的診療・ケアの手順をまとめ、パス表で視覚化することにより認知症患者に携わる医療者、ケアマネジャー、介護サービス職員、家族介護者の理解を促進することである。認知症患者に対する診療手順は現在でも広く共有されているとは言いがたい。そこで、パス表の中に正しい診療手順を組み込むことで、望ましい診療が自然に実践できるようにするのである。例えば、「認知症患者の診療は原因疾患の診断から始まる」という重要な基本方針を実現するために、パス表の最初の段階に「鑑別診断を行う」という手順を設けるのである。また医療者、ケアマネジャー、介護サービス職員、家族介護者などの役割分担を明確化する効果もある。さらにパス表を広く一般に公開することにより、国民に認知症診療の手順を知ってもらうことも出来る。認知症は高齢者ならば誰でもなりうる高頻度の疾患である。身近な人がなったり自分がなったりすることもある。特発性正常圧水頭症のような治る認知症があるという事実や完治困難な認知症であっても早期からの治療や介護サービスの利用が予後をよくするなどの知見が周知されれば、早期の受診につながると思われる。
 認知症診療は大きく「気づき〜診断まで」、「日常診療」、「一時的な専門診療」の3つの過程に分類される。「気づき〜診断まで」は認知症診療の最初の段階で、認知症が疑われてから認知症の診断を受けて治療が開始されるまでの過程である。通常、認知症専門医が担当し、診断に必要な検査や診療内容もほぼ決まっていることなどからクリニカルパスとの相性はよい。筆者らは、認知症の診断、治療方針の決定、介護者教育までの一連の初期診療を入院で行うクリニカルパスを、筆者の一人が以前勤務していた兵庫県立高齢者脳機能研究センターで作成したことがある(文献1)。そしてこのパスを用いることによって、医療者自身と家族介護者が認知症診療の流れを理解しやすくなったと感じた。また家族介護者は、自分たちの役割がよくわかるようになった、スケジュールを立てやすくなった、退院準備を早くからできるようになった、ケアプランを立てる相談をケアマネジャーとしやすくなったなどの効果を感じた。さらに入院中の在院日数が短縮され、医療費が削減される効果も認められた(文献2)。
 「気づき〜診断まで」の過程を終了した患者は、自宅に戻り、かかりつけ医のところで継続的に認知症の診療を受けながら、介護サービスをうけるという「日常診療」の過程に入る。認知症患者の療養生活においては、この「日常診療」の期間が最も長く重要であるが、この過程は通常のクリニカルパスだけでは対応しにくい。それは、①この過程が病院内の診療行為ではなく地域での診療やケアが主体となるため、非専門の人も含んだ多くの人がかかわること、また家族介護者(患者が独居の場合は民生委員なども)の役割が大きいこと、②特別な検査や特別な治療が少なく、平穏に過ごすことが目標となること、③使用期間が非常に長いことなどの理由のためである。そこで我々は、この過程のパス表は大枠を示すにとどめ(文献3)、実際の診療介護連携は情報共有ノート(手帳型パス)でおこなうという仕組みが適当であると考えた。近年、我が国に於いて、情報共有ノートは数多くつくられており、それぞれの地域で使用されはじめている。
 長きにわたる認知症患者の「日常診療」の過程では、精神行動障害(Behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)が悪化したり、身体疾患に罹患したりして専門病院での治療が必要になることがある。このような「一時的な専門診療」の過程にもすでにパスが使用されている(文献1)。