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うつ病診療における地域連携とクリニカルパス

北里大学医学部精神科
大石 智

1.はじめに

 社会保障審議会の医療部会は平成23年7月6日、都道府県が5年ごとに策定する医療計画に記載する疾病に、精神疾患を新たに追加することで合意した。これにより、平成25年度に見直される医療計画の基本方針で、精神疾患が4疾病5事業に追加される事になると、うつ病診療においても医療連携体制の構築が必要になり、地域連携クリニカルパス(地域連携パス)の運用を求められることが予想される。
 だが精神科医療に携わる人々、特に精神科医の多くは、クリニカルパスに抵抗感を抱く傾向がある。そうした素地があるなかで、うつ病診療に地域連携パスの運用が求められても、精神科医によって「精神科には使えない」、「精神科は他科とは違う」などといったお決まりの理由で退けられ、やがて誰にも使われない道具になってしまわないかという心配もある。
 筆者は地域連携パスが今日のうつ病診療における課題を解決する道具になり得ると考えている。
 ここでは、今日のうつ病診療における課題を概観し、課題解決のために地域連携の視点が必要な理由、地域連携パスがうつ病診療にもたらす効果に分けて論じたい。

2.うつ病診療をとりまく現状

(1)うつ病を含む精神科診療の特性

 厚生労働省患者調査によれば、うつ病を含む気分障害患者数は1999年以降急増し、その数は441,000人から2008年には1,041,000人に達している(文献1)。生物学的要因のあるうつ病の患者数が増加する理由には、様々な社会的要因、複数の新規抗うつ薬の上市、啓発活動、報道の影響等が考えられる。うつ病診断の精神科医によるばらつきの大きさ、薬物療法開始閾値の低下も影響していることは否定できない。
 精神科医療全般に言えることだが、診断という点で身体科医療よりもばらつきが生じやすい。その理由のひとつとして、客観的な指標が少ないために診察した医師の裁量による影響を受けやすいことがあげられる。当科では毎週、症例検討会が開催されているが、ベテランの精神科医でも診断が異なることは珍しくない。だからといって、認知症などの生物学的色彩の強い疾患を除いて、客観性の高い、生物学的指標の開発が絶対に必要だとは思わない。心を扱う以上、診断に多少の差異が生じるのは当然であるし、生物学的視点を持ちすぎるのも問題がある。
 精神疾患の治療上の課題としては、疾患を問わず処方薬の多剤併用という課題がある。紹介されて来院する患者で同一カテゴリーの向精神薬が多剤併用されていることは依然として多い。多剤併用は有害事象の危険性を高め、一部の向精神薬の依存・乱用の素地となり、自殺の危険性を高めるだけでなく、医療経済的にも負の要因になる。だが、厳格な処方ガイドラインがあっても、治療は診断と同様に医師の裁量に委ねられる。外科医は他の医師の視線にさらされながら、手術の腕を磨くが、精神科医は診察室の中で誰の眼にもさらされることなく、処方決定する機会を与えられる。一方、精神科診療は診察室の中で誰の目にも触れること無く決定される。精神科診療とはかくも閉鎖的なものである。

(2)増加するうつ病患者と精神科地域医療の変化

うつ病診療では診断にも治療にも医師間で差が生じやすいことを述べた。だが現在のうつ病診療は差が生じやすいを通り越して、至る所で医師間の判断の違いに遭遇する状況にある。
 医師によるうつ病診断のばらつき、治療開始閾値の低下も影響し、うつ病患者数は増加した。増加とともに、うつ病の地域医療は様々な影響を受けている。
 精神科・心療内科を標榜する診療所数は、1999年に精神科3198、心療内科662だったのが、2008年にはそれぞれ5629、3775に増加している(重複計上)(文献2)。診療所は増加するうつ病への対応において、一定の役割を果たしている。だが診療所の多くは過量服薬を含む自殺企図を繰り返す患者のように、夜間救急対応が必要になりやすい患者へ対応するには十分な機能を備えていない。必然的にこうした患者の多くは、夜間救急対応が可能な精神科基幹病院、有床総合病院精神科に紹介されることになる。複雑な背景があるため、その診療には時間と手間が必要になる。
 総合病院経営者にとって精神科は不採算部門として見られがちである。こうした状況の中、2008年から2011年の三年間で、届出総合病院精神科は施設数で8、病床数で1349床減少している。
 当科では2007年からの三年間、患者数の増加、施設間の負担格差等、うつ病の地域医療における課題を解決する方策を検討した(文献3)。この研究では医師を対象に、うつ病診療の標準化を目的とした教育システムを構築した。教育システムは研究会、クラウドサーバーやメーリングリストによる情報共有、地域で共有するうつ病診療ガイドラインで構成された。しかし、こうした教育の手法には限界があった。
 教育的手法は教育される側に学ぶ意欲があることが、その成功のための条件になる。残念ながら、勤務医も開業医も、学ぶことより日々の業務や経営上の課題の方が優先されやすい。誤解を恐れずに言うと、特に精神科医は「私の診たて」や「私の処方」というものが是認されやすい。教育的手法だけではうつ病診療の課題を解決するには不十分ということは当然の帰結なのかもしれない。
 当科における2007年以降三年間のうつ病地域医療における課題解決の検討の結果、我々は「課題解決のためには地域連携の視点が必要になる」と結論づけた。