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行動制限最小化に向けて −クリニカルパスの可能性―

 

医療法人長尾会 寝屋川サナトリウム
藤好 昭一郎 田保 久代 江崎 美佐子

はじめに

 精神障害者の人権擁護の観点から、行動制限に対する最小化の努力と、その明確な指針が求められるようになってきた。そのために私達は、患者の病状を観察する能力の向上と統一された看護展開をさらに行っていかなければならない。 しかし、実際の看護を振り返ると、看護者、個々の援助感や人権意識によって看護の内容にばらつきが生じているように感じられた。では、いったい実際の看護はどのように実践されているのだろうか。急性期治療病棟の隔離経験のある患者を対象に、看護の実際についての実態調査をおこなった。 実態調査結果を分析することは、患者へ標準化された看護を提供することにつながり、行動制限を最小化することにもつながる。また、隔離対象者の類似した症状や時間枠を整理していくことで、クリニカルパス導入へ手がかりを見出せないかと考え、調査した結果を報告する。

Ⅱ.研究目的

 急性期治療病棟における行動制限の実態調査、情報収集、分析を行い、クリニカルパス導入への手がかりを探る。

Ⅲ.定義

 開放観察とは、行動制限開始時に比べ症状は改善してきたが、行動制限を解除するほど安定には至っていない患者に対して、精神保健指定医の治療計画に基づき一定時間隔離を中断し症状を観察すること。

Ⅳ.研究方法

1.対象
急性期治療病棟で隔離による行動制限を実施した統合失調症患者22名。調査期間内に対象者の看護記録を記載した看護師24名。
2.調査機関
平成16年1月1日〜3月31日
3.調査内容
対象者の入院診療録より必要な事項を抽出した。
1)患者の属性
年齢、性別、罹病期間、入院経験の有無、行動制限理由、行動制限経験の有無
2)スタッフ属性
年齢、性別、看護経験年数、精神科看護経験年数、他科経験の有無
3)行動制限開始時、開放観察開始時、行動制限解除時までの期間、各時期における病状、観察項目、評価、ケア内容
4)方法1)から方法3)の結果より
  • 看護師の特性から看護内容のばらつきが特に生じやすいと思われる項目を抽出。
  • 抽出された項目が客観的評価スケールを用いることで評価が可能かを検討した。客観的評価スケールには病状機能レベルは、機能の全体的な評価尺度(以下GAFとする)、服薬状況はDAI−10、病識は病識評価尺度(以下SAI−Jとする)を使用した。GAFの評価のみ主治医へ依頼した。
5)行動制限期間と各因子との関係について検討
6)客観的評価スケールと行動制限期間との関係について検討

Ⅴ.倫理的配慮

入院診療録からのデーター収集は、研究者のみが行い、データーから患者や記録者が特定されないよう患者個人情報の管理には注意した。また、研究計画書を当院、倫理委員会に提出し承認を得た。

Ⅵ.結果

1)患者属性

①性別:男性9名、女性13名
②年齢:全体35.93±14.36才、男性33.11±7.80才、女性44.08±16.34才

2)スタッフ属性
病棟看護師数:男性8人、女性16人
精神科看護経験年数:男性10.00年、女性10.13年
3)行動制限期間

 行動制限期間は、行動制限開始から開放観察開始までが1.32±1.32日、開放観察から行動制限解除までが6.50±6.18日、総行動制限期間は7.82±6.37日であった。
  ②カルテから抽出された行動制限開始時、開放観察開始時、行動制限解除時における共通した観察項目として①服薬状況 ②病識 ③睡眠状態 ④精神症状があげられた。しかし、共通した項目でありながら、その結果、観察内容、評価が看護師間でばらつきがあり、特に観察項目①、 ②にその傾向が強かった。表1にその例をまとめる。

表1
  評価 記載されている表現
服薬 良好 服薬良好
嫌がらずに飲んだ
ばらつきがある 時間をかけて服用
不満を言いながら服用
「薬が合わないから飲みたくない」
病識 あり 「幻聴でしんどい」
ない 独語や空笑の存在を否定する
「治ったから退院する」
ばらつきがある 「あの時はおかしかった」
薬の効果を質問する
4)客観的評価スケジュール

①GAF

GAFグラフ

②行動制限開始時のDAI−10、SAI−J

表3
  DAI−10 SAI−J
全体 −5.64点 −5.05点
男性 −2.67点 −6.44点
女性 −7.69点 −4.08点
5)DAI−10スコアと行動制限期間の関係

①DAI−10が高い群は開放観察開始時までが0.75±0.75日、開放観察開始時から行動制限解除時までが4.08±3.87日であった。
②DAI−10が低い群は開放観察開始時までが2.00±1.56日、開放観察開始時から行動制限解除時までが9.40±7.32日であった。

6)SAI−Jと行動制限期間の関係

①SAI−Jが高い群は開放観察開始までが0.56±0.53日、開放観察開始から行動制限解除時までが4.78±3.77日であった。
②SAI−Jが低い群は開放観察開始までが1.85±1.46日、開放観察開始から行動制限解除時までが7.69±7.32日であった。

考察

 今回の調査結果より、行動制限中の看護師の観察項目として①服薬状況②病識③睡眠状態④精神症状が共通項目としてあげられた。しかし、その評価には、ばらつきがあった。
 行動制限期間をみると、行動制限開始から開放観察開始時までは、1.32±1.32日、開放観察開始から行動制限解除までは6.50日±6.18日であった。平成15年度、樋口ら1)によって行われた全国の精神科急性期治療病棟を有する医療機関を対象とした調査では、開放観察開始までが平均7日間、行動制限解除までが平均14日間であった。この結果は施設機能や患者機能レベルなどの違いがあると思われ単純に判断できないが、この調査結果と比較すると、当病棟における行動制限期間は比較的短期間であった。ただし、開放観察開始から行動制限解除までの期間は、開放観察開始まで比べ、長くなる傾向があり、特に看護師による観察内容、評価にばらつきが生じやすい期間ではないかと推測された。

 機能レベルの改善と行動制限の程度は相関しており、服薬状況、病識の程度と行動制限期間との間にも、ある程度の相関関係が示された。また、服薬状況と病識を客観的に評価する際、比較的簡単なスケ−ルであるDAI−10とSAI−Jは有用なツールとし利用できる可能性も示唆された。 現在、行動制限最小化が叫ばれる理由は、患者の人権擁護という考え方が以前にも増して、重要視されるようになってきているためである。精神障害は、その疾患の特徴から考えて、患者自身の判断力や理解力が低下していることが多く、自らの人権を主張することや、表現することが困難で、自己決定権が侵害されることも多い。ゆえに患者の人権を制限する強制力を伴う行動制限を実施する場合、看護師は患者の人権擁護を常にチェックする必要がある。

 個々の看護師が患者の個別性を重視しながら、判断、対応していくことは必要なことである。しかし、行動制限を行う場合、患者の人権を制限していることに留意し、行動制限の最小化に努めるためには、看護師の評価基準や判断に大きなばらつきがあってはならないと思われる。そのような状況の中で、多職種が同じ時間軸に沿って、治療やケアの標準化を図りながら活動することを目的とした、クリニカルパスを作成することは有用なツールになると思われる。今回、得られた結果は限られた資料からの分析であり、クリニカルパス作成には不十分なものであったが、行動制限を実施する上での留意点や時間軸の目安を得ることはできた。各時期に応じた基準となる観察、評価、看護実践を行い、患者へ標準化された看護を提供することは、患者の行動制限最小化につながるのではないかと思われた。 クリニカルパスを作成するうえで、精神科では、その疾患の多様性、個別性から一定の経過が得られにくいという問題点が指摘されているが、今後は、さらに対象者を増やし、継続的、多面的に情報を収集し対象者の類似した症状や時間枠を整理しながら、クリニカルパスの作成と導入のきっかけを得ていきたい。

引用文献
1)樋口輝彦他:平成15年度厚生労働科学研究「精神科急性期病棟・リハビリテーション病棟等の在り方に関する研究」
参考文献
1)川野雅資:精神科看護診断学 統合失調症のクリニカルパス、精神科診断学、P403〜417、2002
2)佐藤とし子他:平成13年度厚生労働科学研究「精神科看護の基本モデルに関する研究−クリニカルパスの導入」
3)細美直彦:精神科におけるクリニカルパスの実践と課題、精神科治療学、18(1)、P63〜69、2003
4)澤 温:精神科急性期医療におけるクリニカルパスの試み、精神科救急、第6巻、P27〜34、2003
5)精神科クリニカルパス、医学書院、2000
6)精神科医療のストラテジー、医学書院、2002
7)菅野由貴子:クリニカルパス−医療の質・効率の管理ツール、看護、1月号、2000
8)齋藤雅枝等:統合失調症クリニカルパス作成にあたってのエビデンス調査、月刊ナーシング、Vol.23 No7、P158〜163、2003