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GMC五稜会病院 におけるクリニカル・ナビゲーション使用の経験より

 

医療法人 五稜会病院
副院長  千丈雅徳

精神科医療におけるこの激動期に,医療提供者は何をすべきなのでしょうか?

  これは本企画(教育・研修の「精神科が取り組むべき事」参照)における伊藤の問いかけである。医療費削減の現実の中で,一体,われわれは何をすべきなのであろうか?
 上の問いかけに続く伊藤の意見を引用してみる。

 まず,明確な目標を設定するために,組織の方針を決める必要があります。「どのような精神科医療を提供していくのか」の意思決定を行うことが大切なのです。そのためには,政策の方向性を「外部環境」として十分に把握し,施設の構造的側面の可能性を勘案しながら,貴組織の設立の趣旨や,これまでの経緯から「何を提供したいのか」という理念を再考すべきです。そして何より,地域ニーズの分析を行う必要があります。これらの作業を,組織幹部のみならず,関係者も参画しながら検討・策定することが医療提供者には求められているのです。また,臨床現場では,日々の臨床活動において,チーム医療を進め,利用者や関係者への説明責任を果たす必要があります。総論的にはすでに拙著で紹介しましたが,重要なのは日々の臨床活動において実際に取り組むことです。あまり知らない方には具体的な導入方法が,すでに取り組まれている方にはよりよくする方法が知りたいところでしょう。そこで,本企画において,チーム医療と説明責任について何回かにわたり具体的に考えていく予定です。クリニカルパスとリスクマネジメントは,チーム医療を推進する上で関心が高まりつつあるテーマです。また,説明責任のツールであり,チーム医療を進めるときに参考にもなる患者満足度は,すでに精神科医療施設で行われつつあります。

 以上は次の3点にまとめられる。自分自身が何をしたいのかを宣言すること(経営理念の明示),地域ニーズを知ること(需要の把握),そして,説明責任を果たすこと(供給内容の透明化)である。ここで,自己吟味してみよう。五稜会病院においては,すでに,「情熱と個々への配慮が伝わるような医療を行う」という理念を明確にしている。第2の点は,分析するまでもなく明らかで,当院を受診する思春期の患者数が急増してきたことにより,必然的に五稜会病院は老人ではなく思春期医療を専門とすることになった。問題は第3点である。患者満足度調査とリスクマネジメントはすでに実践している。しかし,説明責任のツールであるクリパスに関しては何度か試みてきたが,困難と無力感を自覚してきた。いわゆるコパス的な,短期的で内容の変更が少ない明確な治療行為に関するものは,中島を中心とする五稜会病院クリパス委員会により使用に十分耐えるものを作成してきた(ECTクリパス,アルコール依存症クリパス,栄養指導クリパス,隔離拘束クリパス,退院決定クリパス,急性期病棟クリパス,療養病棟クリパス,救急患者来院時クリパス,共同住居退院クリパスなどがあり,治療の標準化と効率化に大いに役立っている)。しかしながら,我々が専門性を前面に打ち出した思春期症例に対する試みは,頻繁なバリアンス作成に追われ,クリパスのためのクリパス作りに終始し,目的と手段が曖昧になってしまった。そのような経験から我々が考え出したものがクリニカル・ナビゲーションである。ここでは,精神科医療の標準化と効率化の益に供することを目指し,ひとつの提案として報告させていただく。筆者としては,これを契機に,いろいろなコメントをいただき,弁証法的に新たな方向性を創造したいと願っている。伊藤が強調するように,パス表はさまざまな継続的質改善の活動のひとつの道具・手段なのであり,パス表を作成すること自体はプロセスであって決して最終的な目標ではない。それはクリニカル・ナビゲーションにも当てはまる。
なお,本稿は日本精神科病院協会雑誌の精神科クリパス特集号に掲載された拙論(71-83,22(12),2003)を短くまとめたものである。併せて参照してくだされば幸いである。

1 クリニカル・ナビゲーション(以下,クリナビと略)導入まで

 クリパス導入失敗の経験の中で我々がもっとも痛感した問題点は,時間軸を横軸に据えたことである。これは,精神科医療には馴染まない無謀な試みであった。そもそも,存在は時間であり,時間は存在である。ここでいう時間とは,人間存在と不可分にリンクした時間であり,客観的に数量化され算定できる物理的時間とは全く質的に異なる時間である。この時間とは,出来事(コト的な存在)を繰り返し起こる反復性として状態化する時間である。出来事と状態(モノ的な存在)を包括する「有時」としての時間(道元),「純粋持続」(ベルグソン),「瞬間」(キルケゴール,バシュラール),過渡的−生成的時間(ホワイトヘッド),「生きられる時間」(ミンコフスキー),「純粋経験」(西田幾多郎),「あいだ」を成立要件とする時間(木村敏)など,さまざまに表現されてきた時間である。精神医学で問題となる時間とは,存在者の存在を支えつつ存在者により直截に体験され続ける経験的時間である。
 したがって,身体を治療対象とする一般科と異なる時間概念を内包する精神科医療においては,いきなり横軸に数値化できる時間を置くことは懸命ではなく,抜本的な発想の転換が必要である。そこで,われわれは,精神疾患とは何か,精神疾患が回復するとは如何なることを言うのか,さらに,伊藤の問いかけと同じく,精神科医療は患者に何を提供できるのか,といった,素朴ではあるが,精神科医療の存亡そのものにかかわる根本的な疑問を直視し,深く掘り下げ検討した。その結果,時間ではなく精神疾患の寛解プロセスを横軸に据えることにした。また,病理性を持つ思春期症例には,両親の関係性,および,母子あるいは父子関係に問題のある家庭が多い。そこで,寛解プロセスを策定するに当たり,幼児期の母子関係とその後の人格形成や精神衛生の問題に関して先駆的研究を行ったBowlby, J.によるAttachment理論を参考にした。

2 クリナビ使用の経験から

 一連のBowlby理論を参考にして,われわれは【Attachment-Detachment-Commitment】の寛解プロセスを横軸に据えたクリナビを考案した。ここでいう【Attachment】とは,BowlbyのいうAttachmentと全く同じく,患者が安心して愛着できるように受容的・支持的・共感的に対応することを意味する。【Detachment】は,Bowlbyが最初に問題視したhospitalismの弊害を意識して考え出した。すなわち,病院への依存形成を未然に防ぐために,時にはあえて距離を置き,絶対に病院を患者の嗜癖対象としない,というわれわれの決意表明である。そして【Commitment】は,Bowlbyのsecure base を意識して考え出した。病院は患者の目に見えない「安全の基地」となることを最終目標とし,患者自身が社会にcommitできるように,われわれは,半歩後ろから,さりげなく援助することを職業的使命とする。
 このようにして作成したクリナビを,DSM-Ⅳで摂食障害と診断された摂食障害の症例に使用し,有効性を確かめることにした。対象はすべて女性であった。青年期の愛着スタイルを測定するために開発された絵画統覚検査の一種であるSAT(Separation Anxiety Test)で愛着スタイル(secure/ambivalent/avoidant)を特定したところ,secureなAttachmentを形成している症例はひとりもおらず,すべて不安定な人間関係にあった。ここで,クリナビを用いた群と用いなかった群における治療成績の比較検討を行ったところ,クリナビを提示した症例群(4例)は,クリナビを提示したが積極的に治療参加しなかった症例群(3例),および提示しなかった症例群(3例)に比べて良好な経過をたどった。その後,多くの症例によってクリナビの有効性は確かめられている。クリナビの利用により患者・家族・治療スタッフの目指すところが一致し,スタッフ間での治療内容の認識の温度差は低減する。特に思春期症例は変化が激しく,明日の予測をもできず,時間軸を横軸においたパスは通用しない。しかし,患者にクリナビの場合は頻回にバリアンスを作成することなく,入院時に示した方向性を一貫して提示し続けることができる。今までの,そして現時点での,そして今後の治療内容の意味を患者も理解し,多少の辛さも我慢できる。明確な目標に向かう人は苦しさが半減し,回復へ向かおうとする治療意欲を持続することになる。
 さらに症例数を蓄積し,平均値を出すことにより,寛解プロセスと並列させて時間軸を想定し,クリパスとして利用してゆくことも可能であろう。しかしながら,時間を提示することのメリット(患者・家族を含めたチーム医療により在院日数の短縮が得られ,コストの管理により患者の負担も減少し,患者は満足する)と同時に,デメリット(すでに記したような不都合や,期日に急かされ,あせることによって,「安全の基地」を体得することができないなど)の危険性も充分に考慮しなくてはならない。この点は,充分に検討を要する問題である。例えば,我慢できる病前性格であるか否かをアセスメント(例えば,TCIのP)で知り,(時間軸を)提示すべきである患者と提示してはいけない患者を見分けることによって,この問題は解決するかもしれない。伊藤が指摘するように,すべての患者のためのクリパスを作成する必要はないのである。
 今後は,クリナビ修正の前段階として,当院の機能を明確にした上で,機能の項目を縦軸に,必要な部門を横軸としたマトリックスを作り,各職種の関わり合いのレベルを細分化し,実際の対応の現状を評価し,必要に応じて職員の配置や教育をする予定である。クリナビの利用に慣れてくると,寛解プロセスを横軸におき,病院の理念や,患者の寛解までをも視野にいれて職務内容の適・不適を検証するという発想が身につき,組織改革を考え経営感覚を身につけた職員が増えるであろう。また,クリナビの使用は,パス同様,原則的にはコスト削減を期待できるが,たとえ削減が予想より少なくても治療の内容が充実して患者・家族が満足すれば,口コミで,目標を明確に提示する精神科医療を実践している病院として認知されてゆくであろう。職員のレベルアップの評判は,さらに優秀な人材の発掘にもつながる。目先のコスト削減を求めるのではなく,寛解の意味を的確に理解した上で,的をはずさない質の高い医療を行うツールとして利用するという考え方でクリナビの導入が図られるべきである。

3 そして,これからは

 今後の精神科医療に求められる鍵概念は,患者本位の「治療内容が良くわかり,必ず快方に向かい,速く安く治る」であろう。「速く」という時間感覚に潜む危険性についてはすでに記したが,さらに気をつけなければならないのは,「治る」という意味の取り違えである。寛解(remission)は,re-(後ろに,元に)+ラテン語mittere(送る)+sionよりなる語であり,和解の意味をもつ。古代あるいは中世ヨーロッパのキリスト教社会においては,精神疾患に罹患すると,家族,友人,知人,教会,社会からomit(o-=ob-(離して)+mittere=脇に置く,無視する)されていたらしい。このような事情は現在もそれほど変わらない。精神疾患が治癒するとは,家族・友人・知人・社会・・・そして,自分自身と和解することであり,社会からomitされた者がremission(許され,和解)して社会にcommitしてゆくのが寛解プロセスである。 commitとはcom-(一切を,一緒に)+mittere=一切を送る,委ねることを意味する。このような視点に立つとき,われわれの目指すべき視座が明確に定まる。すなわち,精神科医療の原点は,患者自身が自ら社会にcommit(自身を委ねる)することを援助することである。
クリパスは「患者本位の医療をする為にサービスの連携を行い,治療の質の改善とコストの適正化を進める」ために導入をはかるべきである。クリナビも同様にチーム医療を行うために情報の共有化をはかり,患者の同意と協力を得ながら業務の効率化を目指す。常に治療成績の評価を行うと共に患者満足度調査・職員満足度調査を行いつつ,病院の質の向上をはかる。新人を中心とした教育システムへの応用も考え,治療の標準化の為の職員のレベルの均質化をめざす。在院日数の短縮はこれらの結果として必然的にもたらされるものであって,最初からこれを目的とするのは患者本位の医療からみて本末転倒である。
 既に当院では,入院時と退院時に,全症例に対してBPRSとGAFで評定し,記入を承諾する患者と家族には満足度調査を実施している。しかし,アウトカムの達成度を,精神症状を数値化した点数で判断してよいのであろうか。目先の症状は患者のストレスの度合いを示す目安にはなっても,それ自体を軽減すればよいというわけではない。過食・嘔吐がなくなっても,ストレス状況が持続していれば,例えば,リストカットに走るであろう。では,患者の主観的な満足度調査により出てきた数字でアウトカムを判断してよいのであろうか。客観の伴わない主観に頼ることは危険である。では,何をもってアウトカムをきめてゆけばよいのか。今のところは,家族や,友人・知人,学校のクラスメ−ト,職場の同僚などとの間での居心地の良さがCommitmentの度合いを知る目安になると考えているが,今後に残された課題である。
 クリパスは個々の病院の事情に合わせ,医療チームのレベルに応じたものを標準化して作成するものであり,先進的な病院のパスが各々の病院にとって最適なパスであるとは限らない。クリナビにおいても事情は同じである。クリナビを使用して横軸毎のコストや治療項目別のコストを出すようにすると,病院の個性に見合った経営管理に大いに寄与するであろう。今後の包括化を想定して,症例毎の入院全体の診療報酬と厚生労働省版試行の定額払いとの比較を常に行い,現状の請求が高ければその理由を十分把握する必要がある。病院の経営理念に照らし,必要不可欠なコストと削減可能なコストを識別し,コスト管理を明瞭にしてゆく必要もあろう。診療情報が一元的に記載・管理され必要な情報を容易に参照することができるように整備することも必要である。これは,クリナビの生命線と言っても過言ではない。必然的に電子カルテの導入が求められる。当院では退院時サマリ−を遅滞なく作成しているが,内容の吟味,定期的な見直し,病状変化・診断の変化・治療への反応などの対応,症例検討会での計画見直しの検討,バリアンス分析,症例データベースの構築,Commitmentにとって有益な臨床指標(クリニカル・インディケータ)の設定などが必要である。クリナビは必ずその治療の成果について目標設定がなされるので,その結果の検討とクリナビの運用に対する患者・家族,そして職員の満足度の検討が質の維持に大変重要である。
 入院医療の標準化と効率化の実践手段として2002年7月から実施されているDPC的な診療報酬体系は,精神科医療にも適応される日が近いと筆者は考えている。DPCでは,まず16の主要診断群(MDC:Major DiagnosticCategory)により大別し,病院毎,地域単位で全国で集計・分析し,その結果として平均的なコストを算出し,平均在院日数や治療内容,コストの把握や対比が可能となり,医療の標準化・効率化が確立される。精神科領域は主要診断群(MDC)の中に分類されていないのでDPCの対象にはならなかったが,今後はどうなるのであろうか?いや,我々はどうなることを望んでいるのであろうか?包括化をよしとする機運が高まった場合には,精神科医療の変化へと繋がらないか。わざわざ報酬を食う金を持ち出すことまでして,我々は精神科医療の質の向上に努める志気を保てるであろうか?そして,志気のあがらない医療の現場を目撃するスーパーローテートの臨床研修医は,自らのライフワークとして精神科を選択するであろうか? 特定機能病院等における包括評価は,全ての項目が包括されるわけではない。ホスピタルフィー的要素は診断群分類(DPC)として包括されるが,ドクターフィー的要素である精神科専門療法等は従来の医科点数表により出来高で算定される。ここに精神科プロパーとしての生命線が残されている。利用者が安心できる治療環境を提供することを願い,活力ある精神科医療の実践を夢見る者は,この領域を死守することに眼をつぶってはいけないと思う。 精神科医療の標準化・効率化,平均在院日数の短縮,クリパスの活用などを想定してクリナビを導き出した。「情熱と個々への配慮が伝わるような医療を行う」という理念は精神科医療の標準化・効率化と相反するアンチ・テーゼである。今後,どのような形でジン・テーゼがもたらされるのであろうか。クリナビのかかえる課題は,かなり深くて裾野の広い問題を内包している。そして,結局のところ,精神科医療の将来は,伊藤の最初の問いかけに対して我々が如何なる決意表明をするか,にかかっているのである。 精神科医療におけるこの激動期に,医療提供者は何をすべきなのでしょうか?