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第2回ニーズに応えるためにその1

作業所開設に向けて

 当時の大阪府では、昭和41年から保健所に配属されたソーシャルワーカーたちの活動が活発化しており、昭和55年には大阪府T保健所スタッフと市民の力で初の作業所がつくられたりしていました。 ちなみに、公的な運営補助が出るようになったのは昭和63年ですから、T市に学んで次々と精神障害者共同作業所をつくる動きが出てきましたが、運営費調達の努力には大変なものがありました。

 保健所デイケアの次のステップとして作業所を、という提案は、その先予想されたお金の苦労を含めて、家族の方々に次第に受け入れられるようになりました。そして、設立のために中心となる組織が必要となり、M市精神障害者地域家族会が生まれたのです。

 しかし、この会はかなり難産でした。「名前を出したくない」という理由から、会長や役員のなり手がなく、何度も話し合い、ようやく役員が決まるという有様でした。

 次はお金の問題です。M保健所と家族会の資金調達は、バザー用品を集めたり売ったりするときに、「親類にも息子の病気のことは言っていません。」など様々な理由で、結局10名足らずの家族と保健所スタッフとで、ひとまず2年分の運営費200万円を目指して努力しました。この200万円の内訳は家賃だけで、人件費等は入っていません。

 デイケア利用者たちにも資金調達への参加を呼びかけ、軽作業から得られる利益の1割(1か月平均2000円から2500円位)を寄付してもらいましたが、当事者が主体的に参加し、意見を出すという点で大変意義のあるものでした。  さらに、思いがけずある人から100万円、2つの精神病院から計60万円の寄付を頂いたりして、1年経ってみると約250万円にもなっていました。

 おかげで、農機具等の収納庫になっていた4戸一の長屋の1戸を、月3万円の家賃で借り、電球を取り付け、畳を入れて、みんなで整備することができました。