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第1回どこにも行くところがない

(Aさん、アルツハイマー症、59才)

 昭和60年頃、私は大阪府下にある保健所の精神保健相談員(現在の精神保健福祉相談員)をしていました。ある日突然、市役所から教えられたと言って来所されたのがAさん夫妻です。

 妻は言いました、「外に出て人と付き合いをしてほしい。それ以上は望みません。どこも行くところがないのですから・・・。」  対面している私は一瞬何とも言えないショックを受けました。この時の気持ちをどう表現したらいいのか、とても複雑です。ただ目の前にいるAさんが現在、人との「付き合い」もなく、「行くところ」すらないという事実は、わが国の障害者が置かれた状況を短い言葉で十分に表現していることへの驚きと、福祉を担う一人のプロとして課題をしっかり突きつけられたことのショックと言えましょう。

Aさん夫妻の訴え

 59才のAさんが会社をクビになった7年前、妻がおかしいと思って精神科を受診したところ、アルツハイマー症と診断され、「治らない」と宣告されたのです。

 症状は徐々に進み、朝食後しばらくすると「朝ごはん食べたかな」とか、「冷蔵庫はどれだったかな」と探す、自転車で外出しても帰れなくなってきた、家にいることが多くなり、内職に励む妻の側にいて、コーヒー、タバコ、菓子ばかりを手にするといった状況になっていました。

 一家はAさんの実母(87才)、妻(57才)、長女(20才)、長男(19才)の5人家族です。サラリーマンだった世帯主のAさんを中心に、つましい一家の暮らしが続いていたのでした。Aさんは、弓道と写真の趣味をずっと続ける活動的で外向きな方でした。そのAさんが家の中でじっとしているのを見ていて、妻は賢明にも市役所へ相談に行こうと思いました。

 妻はもはや医療には期待していませんでした。精神科医は診断をしてくれましたが、どんな生活の仕方をしたらいいのかを助言してくれなかったからです。

 夫妻は市役所に行き「どこか仕事をするところはありませんか」と問いかけました。市役所の福祉担当者は、Aさんがアルツハイマー症であることを問題にしましたが、Aさんが最も望んでいた「仕事」のことは無視しました。「痴呆症の相談は保健所で」と案内され、夫妻は保健所を訪れたのでした。

 「Aさん、何をしたいですか。」と問いかけると、「仕事をしたい。」と即座に答えたAさん。まだまだ若く、家族への父として夫として、何よりも世帯主としての責任を果たそうとして、「仕事をしたい」という意欲をずっと持ち続けていたことを高く評価しなければなりません。

 Aさんが仕事をこなせるかどうかではなく、Aさんがやれる方法で、意欲を発揮できる場が必要なのです。