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自殺防止と精神科救急

静岡県立こころの医療センター 平田 豊明

はじめに

 1998年に年間の自殺者が3万人を超えて以来、わが国における自殺者数は、高止まりのまま10年を経過し、原状復帰の兆しがありません。戦後長らく、自殺者数は交通事故死の約2倍というのが、疫学上の「定数」でしたが、近年、交通事故死が減少しているためもあって、自殺者数は交通事故死の5倍を超えています。
 ここにいたって、政府もようやく、本格的な自殺防止対策に乗り出しました。昨年(2006年)10月には、自殺対策基本法を制定して、内閣官房長官を委員長とする自殺総合対策会議を設置し、2007年6月、自殺総合対策大綱(http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/sougou/taisaku/pdf/t.pdf) (以下「大綱」と略記)を作成して、自殺防止の総合戦略を示しました。そして、10年以内に自殺者数を2割減らす、という数値目標を掲げています。
 筆者は、自殺対策基本法に基づいて設置されたいくつかの検討会のうち、自殺未遂者および自死遺族の支援に関する検討会に委員として参加し、主として精神科救急の観点から意見を述べてきました。ここでは、そうした経歴をふまえながらも、自殺防止と精神科救急について、できるだけ本音に近い私見を述べてみます。

自殺総合対策大綱

 「大綱」では、自殺を「追い込まれた末の死」と位置付け、自殺には事前のサインがあり、これをいち早くキャッチして対応すれば、未然に防止することができると宣言しています。そして、自殺の事前予防(prevention−一次予防)のために、精神疾患やメンタルヘルスについての知識を普及し、自殺予防のための人材を養成すること、自殺リスクの高まっている人への危機介入(intervention−二次予防)のために、多様な早期対応と医療アクセスを確保すること、さらに、自殺未遂者の再自殺防止と自殺者の遺族支援システムを構築すること(postvention−三次予防)など、合計9項目にわたって自殺対策の戦略的方針を示しています。
 これらの戦略を実現するために、学校や職場、病院などに対して、世界保健機構(WHO)が作成した自殺予防の手引き書などを配付し、各現場に即したわかりやすい表現で、孤立防止や早期介入などの具体的方法を示すことになっています。さらに今後は、自殺対策のネットワークを広げる中で、具体的な方法を洗練すべきであると「大綱」は提唱しています。

精神科医療は自殺防止のために何ができるか

1.精神科医が自殺問題を語る前に

 ところで、筆者自身の30年の臨床を振り返り、自殺防止に関して自分は何をしてきたのかと自問するとき、暗然たる心境にならざるをえません。自殺防止どころか自殺製造に手を貸してきたのではないか、自殺を防げた人間より防げなかった人間のほうが多いのではないか、筆者に自殺防止を語る資格があるのか、と考え込んでしまいます。
 筆者の記憶が定かである限り、自殺した人々のことは記憶の底に残りますから、こうした心境から逃れるわけにはいきません。しかし、そこで思考が止まってしまっては、ここで意見を述べる意味がありません。自殺した人々は長く記憶に残るが、救えた人々のことは忘れてしまう。苦い体験ほど深く記憶に刻まれるのは、進化論的な法則である。だから、きっと、死なれた人より死なずにすんだ人のほうが幾分かは多いに違いない。そのように自分勝手に解釈して、以下、自殺防止のために精神科医療ができること、やるべきことについて、筆者の考えを述べることとします。

2.精神科医療は全ての自殺を防止できるか

 まず、年間3万数千人に上る自殺者の全てを精神科医療が救えるのか、と自問してみます。全て救えると断言する精神科医がいたとしたら、筆者は不遜と感じます。
 心理的理由による自殺を事実上の尊厳死と認め、精神科医による自殺幇助を実質的に容認したオランダのシャボット判例(1994年)は極端としても、医療の手の届かない、あるいは手を出すべきはでない自殺はあると思います。
 作家・三島由紀夫の自殺は、彼の美意識の究極的な表現行為であり、かろうじて病跡学を除けば、精神医学・医療の出番はありません。強制的な医療の介入によって一時的に自殺をとどめたとしても、彼にとっては、屈辱以外の何者でもなかったことでしょう。
 また、死が個人の可能性の全てに終止符を打つにしても、生き続けることと、自ら死を選ぶことのどちらがより悲惨か、意見の分かれる事例は、終末医療に限らず、現代日本においてもありうると筆者は思います。

3.精神科医療が防止できる自殺はどれくらいか

 いっぽう、精神疾患のために一時的に判断が偏ったり狭くなったことによって生じた自殺は、精神科医療が防止する義務を負います。精神科医療が救える自殺はこれしかない、という言い方もできます。年間3万余に上るわが国の自殺者のうち、こうした人々がどれくらいいるのか、心理学的剖検の手法によらなければ、正確な実態に迫ることは困難なのでしょうが、うつ病や精神病など狭義の精神疾患に限れば、少なくとも4割程度、一過性のうつ状態に広げれば、8割は下らないと筆者は推計します。
 精神科医療が救える自殺がそんなにあるのだとしたら、精神科医療は今まで何をやってきたのか、という責任追及論が当然、次に来ます。ここ10年間、業界の側から見ると、精神科医療は、表向き随分とましになりました。薬物療法はかなり進歩しました。精神科クリニックは飛躍的に増えて、精神科受診への敷居は相当に低くなったはずです。精神科病院から出て行けない患者は相変わらず大勢いますが、ひどい虐待事件は影を潜め、入院患者のアメニティも向上しています。うつ病やメンタルヘルスに関する情報は、巷にあふれかえっています。にもかかわらず、自殺はいっこうに減りません。どうしてか。