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これからの精神科薬剤師業務

名城大学大学院薬学研究科病態解析学Ⅰ
野田 幸裕

はじめに

 2008年度、がん専門薬剤師、感染制御専門薬剤師と同様に「精神科薬物療法認定薬剤師」および「精神科専門薬剤師」が設立された。精神科専門薬剤師の役割は、精神科薬物療法に関する高度な知識と技術により精神疾患の患者さんの治療と社会復帰に貢献し、精神疾患に対する薬物療法を安全かつ適切に行うことである(文献1)。そのためには、精神科領域における医師の処方設計への関与、効果・副作用・相互作用等のモニターなどの薬学的ケア、看護師を始めとする医療従事者、患者さんやその家族への薬剤情報の提供などを行っていかなければならない。精神疾患の大きな特徴として患者さんの服薬アドヒアランスの低下が大きな問題となっている(文献2)ので、服薬アドヒアランスを向上させるために患者さんに対して病識や服薬意義を十分に理解させることが重要である。したがって、精神科専門薬剤師は、精神科医療チームの一員として、薬物療法に関する情報を患者さんやその家族に提供するだけでなく、病態に関する知識や病状を評価する技術も豊富な専門家でなくてはならない。
 本稿では、精神科専門薬剤師として果たすべき役割として患者さんの服薬アドヒアランスの向上に焦点を置いて概説する。

コンプライアンスからアドヒアランスへ

 従来、患者さんが医療提供者の決定に従って服薬しているかについて「コンプライアンス」という言葉を使っていたが、最近では、「アドヒアランス」という言葉に移行してきている。「コンプライアンス」は「服薬遵守」と訳され、「コンプライアンスが良い、悪い」と表現される。「アドヒアランス」は指示されたことに忠実にしたがうというよりは、患者さんが主体となって「治療方針の決定に積極的に責任を持って参加し、服薬を守る」という考え方である。患者さん自身が病態を理解し、治療の必要性を感じて、積極的に取り組むのが「アドヒアランス」である。長期間服薬する必要があり、患者さんの主体的な意識が重要な場合には、「アドヒアランス」という言葉が強調されて用いられるようになってきている。したがって、患者さんのコンプライアンスの評価は、「医療従事者の指示に、患者さんがどの程度従っているのか」という視点で医療従事者が自分の判断基準で行う。指示通りに服薬していない患者さんについては、患者さん側の問題として判断され、コンプライアンスを高めるためには、患者さんを説得することになる。しかし、ノンコンプライアンスの原因は、全て患者さんの要因ではなく、医療従事者と患者さんとの信頼関係の不足(患者さんに関する情報の収集不足、服薬困難な処方や剤形、服薬意義の説明不足など)の場合も多い(下記図)。専門薬剤師は、患者さんの服薬率を高めるために「どのようにして医療従事者の指示を守らせるか」だけではなく、患者さん−薬剤−医療従事者におけるそれぞれの要因を総合的に捉え、「患者さんが積極的に薬物療法に参加可能な処方を計画・実施」することが重要である。

精神科領域におけるアドヒアランス

 精神科の患者さんがなぜアドヒアランスが悪いのか?その理由は、「薬を飲むのが面倒くさい、うっとうしい」、「薬に頼るのは恥ずかしいことだ」、「飲み過ぎると、やめられなくなるのが心配」、「よくなったから、もう飲まなくて大丈夫」、「自分は病気ではない」、「組織ぐるみで私を陥れようとしている」(妄想)、「薬が多過ぎて、間違えてしまう」、「お金がかかるから薬は飲まない」、「副作用に困っている」など様々である。統合失調症の場合にアドヒアランスが悪いと服薬の中断・中止により、再発リスクが5倍に上昇する(文献3)、アドヒアランスが良い患者さんは約35%であり、アドヒアランスが悪い統合失調症の患者さんの再発率は年間約75%である(文献4) ことが報告されている。うつ病の急性期治療において有効であった抗うつ薬を中断すると、再発リスクは1.5〜2倍に上昇すること(メタ解析)が報告されている(文献5)。このように、アドヒアランスが悪い統合失調症やうつ病の患者さんにおいて再発の危険を高め、服薬中断・中止は、再発の最大の危険因子となることが示唆されている。統合失調症において再発すると、1)脳の萎縮が進行する(文献6)、2)薬物が効きにくくなる(文献7)、3)改善に要する時間が長くなる(文献8)、4)自殺率が上昇する(文献9) など予後を大きく悪化させることが報告されている。したがって、薬剤師は、服薬中断・中止によって再発率が上昇することだけに目を向けるのでははく、再発によりどのようなイベントが起こりうるのか、今後の薬物療法にどのような影響をおよぼすかについても認識し、アドヒアランスの向上に努める必要がある。

図 アドヒアランスを低下させる因子(文献10)

アドヒアランスを低下させる因子