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[レポート]大震災の教訓〜災害時における医療機関の役割

東北3県で118の医療施設が損壊 プライマリ・ケアに大きな打撃

 昨年、3月11日に勃発し、未曾有の激震と共に巨大な津波が甚大な被害をもたらした「東北地方太平洋沖地震」は、政府の対応遅れ等から幾つかの地域では、未だ復旧の道筋が見えない状況にある。
 新聞報道によると、津波に襲われた岩手、宮城、福島の三県では沿岸部を中心に少なくとも118の医療施設が壊滅的な被害を受け、診療や治療に使える医療機能を殆ど失っていたことが、各地の医師会への取材により発覚した。特に影響が大きかったのは地域医療を担う小規模診療所で、ただでさえ医師不足等により危機的な状況が続いていた東北の過疎地域では、大震災の初期段階では地域医療が崩壊しかねない事態に陥った。
 施設が全壊した118医療施設のうち、岩手県は規模別の集計をしていなかったものの、宮城県68施設、福島県8施設の76施設はベッド数が19床以下の診療所であったことが報告されている。診療所が「不在」となった被災地域では、高度中核病院に患者が集中し、多くの中核病院では県内外からの応援医師の助けにより窮地をしのぐ状況に陥った。
 そうした中でも、過酷な環境下で地域医療を持続すべく孤軍奮闘した地元医療機関、ボランティアとして医療支援に駆けつけた医師や看護師、医療従事者らの獅子奮迅の働きがなければ、苦境から脱することは不可能だった。これらの「前方支援」に加えて、医薬品等物資の輸送や、疎開者のケア等、「後方支援」に尽力した医療関係者の皆さんには、心から感謝の意を表したいと思う。
 さて筆者は昨年の夏頃、同震災で現地に入った医療ジャーナリストやボランティアの医師、看護師等数名から、現場の様子を取材することが出来た。またその後、別の取材の仕事で、1995年の「阪神・淡路大震災」、2004年の「新潟県中越地震」を体験し、災害医療に携わった10数名の医療従事者(医師、看護師、薬剤師)にも話を聴くチャンスを得た。当レポートでは、そうした人達の証言(匿名)を織りこみながら、有事の災害に医療機関はどう備えるかを考えてみたい。発生した時期や地域事情、タイプも異なる3つの大震災の情報が混在する、まとまりを欠いたレポートになるかもしれないが、危機管理の考え方は共通すると思われるので、出来る限り数多くの証言を取り上げたい。 

有事の際に発揮される在宅医療の力と“かかりつけ医”の総合力

 災害拠点病院から派遣されるDMAT(災害派遣医療チーム)の活躍が、東日本大震災がらみのTV報道ではしばしば取り上げられたが、現実にDMATが力を発揮したのは震災直後の初期段階だった。震災後、48時間以内は救命・救急医療を中心とした超急性期医療の需要が高いものの、それ以降は急性期、更に時間が経過すると徐々に亜急性期から慢性疾患患者への医療需要が増してくることになる。特に一瞬で津波に飲みこまれたような“想定外”の災害下では、大災害時に平時の救急医療レベルで救命するための研修を受けてきたDMATでは、無力であり対応のしようがなかったのが現実だ。要するに東日本大震災では、多くの地域でDMATの力が発揮出来る範囲は極めて小さく、限られていた。
 「実際の災害現場の医療ニーズは、慢性期や感染症、健康管理、メンタルケア等が大部分を占め、専門医よりもプライマリ・ケアを担う医師や精神科医、看護師、薬剤師、保健師等が求められました」と話すのは、東日本大震災の現場を取材した医療ジャーナリスト。
 こういう時にこそ、普段から“顔の見える”連携や在宅医療、高齢・慢性期疾患患者への対応等、オールラウンド・プレイヤーとして活躍してきた、地域の“かかりつけ医”の出番となる。災害時であればこそ、“かかりつけ医”のスーパー・ゼネラリストとしての「総合力」を発揮出来る場面が、数多く出てくるということだ。
 ただ前述したように被災により診療所が機能不全に陥ると、診療機能がストップしてしまう危険性が高いと思われる。困難は承知の上で、例え施設が損壊しても院長やその家族が無事であれば、“かかりつけ医”としての役割を、出来るだけ早く被災地で再開させることが重要だ。前出の医療ジャーナリストは、「現地では診療所施設が倒壊しても、使命感から玄関で診療を再開した先生もいました。避難所でも外部から応援に駆けつけた先生よりも、患者さん一人ひとりの顔を知っている地域の“かかりつけ医”の先生が診てくれることによって、患者さんの安心感が全く違うのです」と強調する。
 同震災で被災したある医師は、「建物が壊滅し医療機器も動かず、聴診器や薬剤、メスがないから診療が出来ないと嘆くよりも、困っている地域住民への触診や怪我の状態を見て、声をかけてあげるだけでも良い。専門家である医師として出来ることはある何か筈だし、他の医師や訪問看護師らと協力・連携すれば力を発揮することも可能」との考え方を示す。また別の医師は「被災地では家族や住む所を失った人達へのグリーフケアが重要なことを痛感しました。臨床行為は行なわなくても、私たち医療者が被災者の話を聴いてあげる“傾聴活動”だけでも、非常に意義があると感じました」と話す。
 東北大学医学部では同震災直後から、精神科が設置されていない被災地の災害医療チームに精神科医を派遣する活動を行ってきた。その後、全国の精神科医、臨床心理士、精神保健福祉士、看護師らからなる「心のケアチーム」が組織され、約700名の医療専門職が参加して、被災地の精神保健活動を実施してきた。参加した精神科医は、「被災者の中には復旧後、自宅に戻り社会復帰した後も、長期に亘り抑うつや癒しようのない悲しみ、不安に捉われる方も少なくありません。“かかりつけ医”と精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士らが有機的に連携し、災害後も長期的な視点で被災者の心のケアを継続していくことが肝要です」と話す。
 東日本大震災では多くの介護施設が被災し、デイサービスやショートステイ等も機能不全に陥った地域では、介護家族の負担は重く、訪問看護や訪問介護の需要が、平時よりも遥かに増していたのは言うまでもない。こうした地域で住民の強い支えとなったのは、在宅医療チームの活動だ。特に象徴的な例として、気仙沼市では日本全国から在宅医や訪問看護師等、その他、多職種が集結し、在宅での支援が必要な人達のピックアップとフォローを行う「気仙沼在宅支援プロジェクト」という支援活動が動き出し、現在でも活動を続けている。医療支援に訪れた多職種間のチームと、地元の行政組織や病院、事業所との「密」な連携によって、持ち場を決めて「在宅」に特化した形で巡回・訪問し、長期戦で診療や看護を継続していく試みだ。
 今回、ボランティアで他府県から東北に入ったある診療所の院長は、「避難所や仮設住宅、或いは患者宅を巡回・訪問する医療は、これまで在宅医療の現場で経験を積んできた在宅医や訪問看護師らが、真の実力を発揮出来る場となる筈」と語っていた。
 更に台風や豪雨、震災等の自然災害を想定した危機管理や防災訓練は、医療施設だけでなく「在宅」医療においても重要だ。
 被災地の、ある在宅療養支援診療所の院長は「独居老人が多い地方都市では、在宅患者一人ひとりの家庭環境や住宅事情、周辺環境を把握しておくのは当然で、有事の際には避難方法、避難場所の確保、非常食や非常時の通信体制の確認等、“患者を守る”ための方策を、平時から怠りなく考えておくことが大切でしょう」と注意を促す。特に著しく高齢化が進む地方では、地域で頑張っている診療所の先生方が、地域医療の「核」となると同時に、防災対策の「核」にもなって、率先して取り組むことが求められる。